「GIGAスクール構想」により1人1台端末が実現し、これまで以上に「児童生徒の端末との関わり方」が問われるようになりました。これまで、子どもがPCやタブレットなどを適切に活用するためには「情報モラル教育」が大切と言われてきましたが、最近「デジタルシチズンシップ」という言葉が注目を集めています。
この記事では、日本のデジタルシチズンシップ教育の第一人者である、国際大学グローバル・コミュニケーションセンター(GLOCOM)の豊福晋平先生の専門誌への投稿をもとに、「デジタルシチズンシップ教育」とはどういうことなのか、どこで学ぶことができるのかを紹介いていきます。
目次
世界的な枠組みでは「ICTは学びの必須」
OECD(経済協力開発機構)は 2015 年から Education 2030プロジェクトを進めており、近未来で子どもたちに求められるコンピテンシーの定義、育成につながるカリキュラム・教授法・評価方法を検討しています。
2015 ~ 2018 年までの第 1 期で議論された要素は、現行の学習指導要領にも盛り込まれているのです。
Education 2030 で紹介される新しい概念は、2019 年 10 月の Learning Compass(学びの羅針盤)2030 としてまとめられています。
VUCA(不安定・不確実・複雑・曖昧)な将来において、個人と社会の Well-being (心身ともに健康な状態、幸福)を目標に社会変革するコンピテンシーを育成する枠組みとして捉え、ディジタル・リテラシーは、識字・計算能力と同じ中核基盤(認知基盤)に含まれる。
世界的なカリキュラムの爆発や、学習者の多様性への対応のために、ICTは学びの必須条件として捉えられています。
国際比較で見る日本の情報化は?
OECD(経済協力開発機構)が 3 年おきに実施する PISA(Programme for International Student Assessment)に伴って行われる ICT 活用調査は 47 カ国 / 地域が参加しており、約 50 万件の粗データも公開されています。
(義務教育修了段階の 15 才が対象なので、日本では高校 1 年 生にあたります)。
PISA2015のデータから、日本の教育の情報化の実態を見る
「校内でコンピュータを用いたグループ作業や他生徒とのやり取りをする頻度」項目では、「ほぼ毎日・毎日」回答が占める割合は、47 カ国 / 地域中日本は最下位です。日本の生徒の 90%以上は、校内のコンピュータでグループ作業をした事がないのです。
「校外のコンピュータで宿題をする頻度」項目では、「ほぼ毎日・毎日」回答が占める割合も最下位で、日本の 90%以上の生徒は、コンピュータで宿題をした事がないのです。
PISA2015と2019の比較
縦軸には校内学習活用のスコア、横軸には校内学習活用のスコアです。いずれも日本の位置は左下から動かないが、他国は右上方向に移動しており、その差はよ り歴然としていることがわかります。これは、日本が世界的な教育情報化の動きから取り残されている事を端的に示すものですが、日本の教育関係者の危機感はほとんどないのが危惧されます。
日本の情報の教育化がとらえていないこと
文部科学省(2010)の「教育の情報化に関する手引」にある通り、日本の教育の情報化の目的は
- 情報教育(子どもたちの情報活用能力の育成)
- 教科指導における ICT活用(各教科等の目 標を達成するための効果的な ICT 機器の活用)
- 校務の情報化(教員の事務負担軽減と子ども と向き合う時間の確保)
の3 点に集約されます。
ただし、授業シーンに関わる1や2が実際にどの程度行われているか、といえば、ICT の C にあたるコミュニケーションはほとんど取り組まれていないのが実態です。
法政大学図書館司書課程 メディア情報リテラシー研究 第1巻2号, pp.26-32
たとえば海外の事例を紹介すると、香港のインターナショナルスクールを訪問した際、放課後、小学 4 年生がパソコンで開いていた G mail の宿題指示メールとは次のようなものであった。
水曜日までの宿題
●(URL)の文法の課題を明日までにやる
●算数の割り当て課題を金曜までに終わらせる
●今朝始めたブログ記事の作文を完成させる(最低 2 パラグラフ)
6 人の友達のブログ記事にコメントする(自分の学習班の人は必須)
いずれもオンライン・コンピュータ上で行う課題であり、ブログの記事まとめも欧米では比較的一般的な方法だ。ブログは校内の学習活動をまとめるためのもので、外に対しては公開されて おらず、必要に応じて URL を知らされた者しかアクセスしない運用とされている。
一方、日本の子どもたちにとってメールや SMS(ショートメッセージ)と言えば、あくまで個人的でプライベートなもので、学校の公式連絡では普通は用いられず、授業中のトレーニングも行われません。下記の図で縦軸を(パブリック・プライベート)横軸を(フォーマル・インフォーマル)とすると、 日本の子どもたちがもっぱら扱っているのは、インフォーマルでプライベートな領域だけです。
ICTは教具から文具へ
日本国内での情報教育(ICT 利活用教育)は、(2019年現在の)現状では教員主導・教具的な説明提示用途に限られており、学習者自ら文具のように活用することを前提にしていませんでした。このような使い方は利用頻度が著しく低い(非日常)がゆえに、学習者の ICT 操作スキルには大きな格差があり、教 員が全て統制しようとすればするほど負担が過大になるという欠点があります。
もし、学習者中心の日常的な利用を前提にすれば、ICT 操作スキルは大幅に底上げされ、子 どもは教員の具体的指示がなくても勝手に使い、子ども自身が使い方を工夫するようになるでしょう。このような状態になれば、教員は大雑把な指示をしても子どもの側で対応するようになるので、教員側負担は大幅に減ります。
(1人1台端末が実現した今だからこそ)、そのためには学習者の ICT日常活用を前提とした ICT スキル育成のカリキュラムや運用体制を作らなければなりません。
ICTの日常活用には「デジタルシチズンシップ」
学習者の ICT 日常活用を前提としたカリキュラムを構成する上で重要なのは、これまで日本では半ば常識とされてきた、ICT を利用忌避・抑制する「情報モラル教育」ではなく、ICT自律的に賢く使いこなす「ディジタル・シティズンシップ教育」であると言えます。
情報モラル教育・・・・・・・・ICTを利用忌避・抑制する
デジタル・シチズンシップ・・・ICTを自律的に賢く使いこなす
デジタル・シチズンシップ教材の構成
日本ではディジタル・シティズンシップに関する知見がほとんどないので、手始めとして理論的バックグラウンドを主に ISTE(国際教育工学協会)から発行されている Mike Ribble によ る解説書からとり、実践的教材は米国 Common Sense Education財団が提供するディジタル・シティズンシップ・カリキュラムを参考にすることとしました。
Common Sense のサイトには、幼稚園(K)から高校 3 年生(Grade12)まで発達段階に配慮した6領域の教材が揃っています。6 領域は、以下のようになっています。
- メディアバランスとウェルビーイン グ
- プライバシーとセキュリティ
- デジタル足跡とアイデンティティ
- 対人関係とコミュ ニケーション
- ネットいじめ、オンラインのもめ事、ヘイトスピーチ
- ニュースとメディア リテラシー
それぞれの教材セットの大半は、1 授業につき、ビデオ動画、提示スライド、ハンドアウト資料、さらに、保護者用の説明資料で構成されています。
日本国内での普及のため、CC ライセンスに基づき、英語(一部スペイン語字幕あり)のビデ オ動画 32 本の日本語訳字幕を付加することにしました。これらは YouTube チャンネルとして登録してあるので、是非ご覧いただきたいです。
教材の特徴
Common Sense Education の教材にはどのような特徴があるのか、大雑把にまとめると次の 4 点が指摘できます。
- デジタルコミュニケーションの積極的な道具的社会的意義を認めていること
- 学習者の自律と課題解決を促すこと
- 子どもたちが直面するデジタルジレンマへの共感と真正の問いがあること
- 実態に即した幅広い年齢層の発達視点で構成されること
例えば、同じ「メディアバランスとウェルビーイング」のテーマでも、学年によって扱う内容はだいぶ変わります。小学 3 年向けの「責任のリング」では、
- 個人の行為が社会的な影響を伴うこと
- オンラインの行いも同様であること
が端的に示されています。
一方、中学 2 年(8 年生)向け の「ディジタル・メディアとあなたの頭脳」では、生徒へのインタビューを通じて、日々の生活 での行いや葛藤が表現されています。
いずれのケースでも、上から道徳を押し付けるのではなく、学習者の立場立場と認識に寄り添う形でシナリオが構成されているのが特徴です。
これらの日本語字幕教材の運用は比較的簡単で、YouTube チャンネルからリストをクリックするだけで利用できます。動画画面の字幕設定で日本語字幕を ON にして、表示用に文字サイズを 150% に設定すれば、提示用教材として用いることもできます。
現状、これらの教材ビデオ動画については日本語字幕のみが対応しており、付属するスライドやハンドアウト資料の翻訳はまだこれからです。
まずは、これらのビデオ動画群と、これまでの日本での情報モラル教育との比較を通じて、多く多くの教育関係者・研究者から意見や示唆を得たいと思っています。
スライドやハンドアウト資料については、豊福先生が中心となり日本語への翻訳作業を進めています。公開されたこのもありますので、順次freeduでも紹介していきます。
参考:法政大学図書館司書課程 メディア情報リテラシー研究 第1巻2号, pp.26-32
「特集:デジタル時代のシティズンシップ教育『日本の教育情報化とディジタル・シティズンシップ』国際大学 豊福晋平」
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