横浜市の全市立学校でフレックスタイム本格導入。2021年4月から。本当に可能?




横浜市教育委員会は2021年4月から、今まで試行期間として一部導入していた学校でのフレックスタイム制度を、2021年4月から全市立学校で本格導入することにしました。

どのような制度か

7時〜10時までの間に15分刻みで設定

横浜市の学校の場合、1日の勤務時間は7時間45分になります。

  • 小学校は 8時15分出勤〜16時45分退勤(間に45分の休憩)
  • 中学校は 8時30分出勤〜17時退勤(間に45分の休憩)

※勤務時間の割り振りは市で統一されているものではなく、各学校ごとに決められているので、一部違う学校もあります。
筆者が以前勤務していた学校は、8時5分〜16時35分でした。

フレックスタイム導入後は、出勤時間を7時から10時までの間に15分刻みで設定できるようになります。

出勤退勤
7時15時30分
7時15分15時45分
7時30分16時
7時45分16時15分
8時16時30分
小学校の標準8時15分16時45分
中学校の標準8時30分17時
8時45分17時15分
9時17時30分
9時15分17時45分
9時30分18時
9時45分18時15分
10時18時30分

利用できる理由は5種類

フレックスタイムを利用できる理由は、以下の理由に当てはまるときです。

  • 子育て
  • 介護
  • 通院自己啓発
  • 業務の都合

利用する時は2日前までに申請が必要です。
上限は月5回までですが、小学生以下の子育てや介護の場合は午前8時から同9時までの間、上限なしに設定できます。

問題点は?

月5日で「自由な働き方」と言えるのか

厚生労働省のパンフレットには、フレックスタイム制について次のように記述しています。

フレックスタイム制は、労働者が日々の始業・終業時刻、労働時間を自ら決めることによって、生活と業務との調和を図りながら効率的に働くことができる制度です。

厚生労働省「フレックスタイム制のわかりやすい解説&導入の手引き」

そしてこの制度は「働き方改革」につながるものだとしています。

「働き方改革」は、働く方々が、個々の事情に応じた多様で柔 軟な働き方を、自分で「選択」できるようにするための改革です。
日本が直面する「少子高齢化に伴う生産年齢人口の減少」、「働く方々のニーズの多様化」などの課題に対応するためには、投資やイノベーションによる生産性向上とともに、就業機会の拡大や意欲・能力を存分に発揮できる環境をつくることが必要です。
働く方の置かれた個々の事情に応じ、多様な働き方を選択でき る社会を実現することで、成長と分配の好循環を構築し、働く人 一人ひとりがより良い将来の展望を持てるようにすることを目指 します。

厚生労働省「フレックスタイム制のわかりやすい解説&導入の手引き」

そして、フレックスタイム制のメリットとして、転職エージェントは

  • 通勤ラッシュを避けられる
  • プライベートの時間を多くとることができる

ことを挙げています。

フレックスタイム制のメリットとして真っ先に挙げられるのは、通勤ラッシュを避けられることでしょう。通勤時間のピーク時を避ければ、満員の電車やバスで窮屈な思いをすることなく、快適に通勤できます。余計な体力を消耗することもないので、出社後も仕事に全力で取り組めます。

フレックスタイム制は出社や退社の時間を自由に決められるので、プライベートの時間を多くとることや、私的な用事に合わせてスケジュールを組めるのが大きなメリットです。

また一定期間の中で労働時間を調整すればいいので、週単位や月単位で仕事とプライベートのバランスを取りやすいのもフレックスタイム制のメリットです


type転職エージェント「フレックスタイム制とは?仕組み・メリット・デメリットをわかりやすく解説!」

たった月5日の取得で「始業・就業時刻、労働時間を自ら決める」「多様で柔軟な働き方」と言えるでしょうか?

月に5日のフレックスタイムでは、個に応じた生活の変化に合わせた働き方ができるとは思えません。

保育園の迎えの場合はどうなるのか

上限は月5回までですが、小学生以下の子育てや介護の場合は午前8時から同9時までの間、上限なしに設定できます。

市教委は「育児期の教職員のニーズが高まっている」ことを制度導入の理由としています。多くの場合、保育園の送りで勤務開始を遅らせることを想定しているでしょう。しかし、保育園に迎えに行くために始業時間前に学校に行く人も多いのです。

送りのためにフレックスタイムを使う場合は5日までの制限なして、迎えのために使う場合は5日に制限されるのは使い勝手が悪いです。
特に夫婦で送り迎えを分担している場合、非常に困るのではないでしょうか。

休憩が取れない

横浜市の場合、1日45分の休憩時間は個別に設定できるのではなく、全職員一斉に割り振られています。
一般的な企業ではお昼に休憩時間がありますが、学校の場合は食事の時間も「指導」なので、授業がある期間は多くの学校で、授業が終わった後の「15時30分〜16時15分」を休憩時間としています。

勤務時間内に休憩時間を与えないのは、労働基準法違反です。

労働基準法第34条で、労働時間が 6時間を超え、8時間以下の場合は少なくとも45分、 8時間を超える場合は、少なくとも1時間の休憩を与えなければならない、と定められています。

また、休憩時間と退勤時間までの間に30分は勤務時間を当てなければならないことにもなっています。

横浜市は以前は「教師の仕事は途中に休憩・休息を取ることが難しい」ことから、休息と休憩を勤務時間の前後に置き、全市共通で8時30分〜16 時30分の連続勤務としていました。
中田市長のとき、この運用を「教員の違法な勤務状況」と非難され、その結果、

・勤務時間の割り振りは各学校ごとに校長が決める(市と組合との団体交渉はしない)
・休憩時間は個別に設定するのではなく、全職員一斉にとる。
・退勤時間と休憩時間までに30分以上の勤務を入れなければならない

ことになりました。

このフレックスタイムの運用の場合、早い時間から勤務を開始した場合、休憩が取れません。

仮に休憩を一斉に取るのではなく、個別にとるとしても、

7時勤務開始の場合、14時15分〜15時に休憩
8時勤務開始の場合、15時15分〜15時に休憩

となるので、授業時間に休憩時間が被ってしまいます。
休憩をとった扱いにして、授業をするということでしょうか。
働き方改革になっていません。

もし、休憩時間を勤務時間終了後にとるとしたら、

7時勤務開始の場合、14時45分〜15時30分に休憩
8時勤務開始の場合、15時15分〜16時に休憩

になります。これでも授業時間に被ってしまいますし、この方法は市が「違法」だと言っています。

つまり、20年前に市が「教員は違法な働き方を是正する」と言って変更したことによって、フレックスタイム制が違法労働になってしまうのです。

超過勤務の温床になる?

休憩を取らずに働くことは当然違法ですし、超過勤務になります。
違法を黙認し休憩を取らずに勤務したとしても、7時から勤務を開始した場合、15時30分には退勤できるはずです。
しかし、多くの学校で休憩時間を15時30分〜16時15分に設定してるため、会議は16時15分から始まります。早い時間から勤務を始めた職員が会議に参加してしまうと、超過勤務になってしまいますし、会議に参加しないとしても、会議途中に退勤することになります。


学年や教科の打ち合わせは休憩時間終了後に行われる(建前では。実際には休憩中に行われることが多い)ことになっているので、フレックスタイムを活用する教職員は情報共有が困難になります。

代わりに誰がクラスに入る?授業をする?

8時45分〜10時の間に出勤する場合、1、2時間目の授業時間と被ります。先生がフレックスタイムをとるから自習という訳にはいかないので、誰か代わりの先生が教室に入ることになります。
しかし、その先生も、その時間は本来教材研究、採点、授業準備等をしている時間です。フレックスタイムを取らない先生の負担が大きくなるので、「フレックスを取りたい」と言えない雰囲気になることが予想されます。

また、フレックスタイムを取った先生のクラス、授業はいつもプリント、ドリル、読書という訳にはいかないでしょう。
特に中学校の場合は、そのクラスに入ることのできる先生がその教科の先生であることの方が少なく、代わりの先生は自習監督しかできないことが予想されます。
「フレックスを取ると授業が進まず他の先生の負担が増す」のなら、誰もとらないでしょう。

使える制度にするためには

このように、このままフレックスタイムを導入すると

  • 休憩が取れずに違法労働になる
  • 超過勤務が増える
  • 授業が遅れる
  • 同僚の負担増になるのが申し訳なく思う
  • 週に5日だと生活の変化につながらない

となります。超過勤務は減らない、年休は取れない上にフレックスタイムが導入されても「制度はあるけど使えない」絵に描いた餅となることが目に見えています。

絵に描いた餅にしないためには、どうしたらいいでしょうか。

フレックス対応の教師を雇う

「なぜ小学校に副担任はいないのか」の記事に書いたように、教職員定数は法律で決まっているので、小学校の場合、担任以外の先生はほとんどいないのです。
この法律を改正する、または自治体独自で予算をつけ人員を加配して、フレックスをとった先生の代わりに授業をする「フレックス対応教師」を雇えば、安心してフレックスタイム制度を使うことができるでしょう。

そのためには、フレックスタイム取得を月5日に制限するのではなく、毎日決まった時間にとることができた方がフレックス対応教師も雇用しやすくなります。

また、教職員定数を改正することは、フレックスタイムのためだけでなく、小学校の少人数指導の充実、教科担任制の導入のためにも必要不可欠です。

休憩の運用を柔軟にする

中田市政の時に「違法な勤務状態を改正する」という名目で導入された現行の勤務時間の割振は、このフレックスタイム制に対応できなくなっています。
勤務時間の前後に休憩を取れるようにする等の弾力的な運用が必要になります。



横浜市教育委員会がフレックスタイム制を導入したのは、「働き方改革」を進めているポーズを内外に示すためではなく、教職員の多様な働き方を認め、より良い職場環境を創るためだと好意的に解釈したいと思います。
この制度を「絵に描いた餅」にしないためにも、運用の柔軟性や人材の確保を進めて欲しいものです。




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