以前「日本の子どもがスマホ・ネット・ゲーム依存は本当?」の記事の中で、
国際大学グローバルコミュニケーションセンター(GLOCOM)の豊福晋平准教授の、PISA調査の分析をもとに
「日本の子どもは国際的に見て、ネットも情報機器も全く使ってないと言える」
ことを解説しました。
しかし依然として、
- 情報機器の長時間利用は学力低下とネット依存を招く
- ゲームは学力低下と依存症を招く
という論が広く信じられています。しかし、
ゲームの時間と学力低下や依存症には関係がない
という研究結果を、慶応義塾大の田中辰雄教授を発表しました。
※この記事は 2021年7月1日朝日新聞EduA「ゲームで学力は低下する? 大規模調査で『1日1時間以内ならむしろ好成績』」の紹介記事です。
目次
調査①高校受験を経験した14,000人を調査
今までの調査には問題が多い
2008年の全国学力調査の追加分析では、ゲームの時間が増えると学力テストの成績が下がっています。この調査のように、テレビゲームやパソコン・スマートフォンのゲームと学力の関係を測定した調査の多くは、プレー時間が長い子どもの成績は悪いという結果が出ています。
しかし、慶応の同僚や学生たちに聞くと、みんなゲームをやっていたといいます。これはどういうことなのでしょう。
精査したところ、これまでの調査にはいくつか問題がありました。
①プレー時間の聞き方が粗すぎる
多くの調査が平日のプレー時間を尋ねているのですが、選択肢は0時間の次が1時間で、それ以降も1時間単位で3~4時間までとなっています。
しかし、平日に2時間以上プレーする子どもは少数派です。しかし親が心配しているのはそうした極端な例ではありません。平日のプレー時間はどの程度までなら影響がないのか、というもっと少ない時間領域での話なのですが、既存の調査はそうした思いに応えられていませんでした。
②当事者の子ども自身に聞いていた
日常的に親からゲームのやり過ぎを責められている子どもは、匿名の調査でもプレー時間を正直に答えたくないという思いになり、正確な調査結果が出ない恐れがあります。
③既存の調査で分かるのは短期的な影響だけ
ある学期に長時間プレーすれば、その学期のテストの成績が下がるのは当然です。
14,000人を対象に調査
こうした問題を解消するため、田中教授は高校受験を経験した15~69歳の約1万4千人を対象に、中学時代にどれくらいゲームをしたかを思い出して答えてもらい、その人の高校進学実績と比較する調査をしました。
プレー時間についても、0分の次は15分、30分、1時間、1時間半と時間が少ない領域の目盛りを細かくしました。
その結果、中学時代にゲームをしていた人は5割ですが年代差が大きく、22歳以下に限ると8割に上りました。
平日のプレー時間は1時間以下が6割を占める一方、2時間以上というヘビーユーザーも3割いました。
下のグラフは、中学時代のゲームのプレー時間別に、偏差値60以上の高校に進学した割合を示しています。ゲームで学力が低下するのであれば、プレー時間が増えるほど進学率が下がるはずです。
1時間以下のゲーム時間はむしろ好成績
けれど、プレー時間が15分と30分の人たちの進学率はゲームをしなかった人より高く、プレー時間が1時間の人でもゲームをしていない人と同程度でした。つまり、平日のプレー時間が1時間までなら、受験への悪影響を心配しなくていいと言えます。
一方、プレー時間が3時間以上の人たちは進学率の低下が顕著でした。
ゲーム時間を自分で決めることが自律と自己管理を育む
このような結果が出た有力な仮説は、誘惑を断ち切り、プレー時間を1時間以内に抑えられる子は自らを管理する力が備わっているので、受験の合格という目的に向かっても自己管理ができる、というものです。
ゲームについて「自分で決めたルールがあった」と答えた人の進学実績が良かったことが、この仮説を裏づけています。「家族と決めたルールがあった」と答えた人の進学実績は上がっていないので、ルールは本人が自律的に決めることが大事だと言えます。
調査②コロナ禍の一斉休校の前後の比較
ゲームの長時間利用についてのデータは今までなかった
WHO(世界保健機関)がゲーム依存症を疾患と認めたこともあり、最近はゲーム依存を心配する保護者が増えています。しかし、ゲームの長時間プレーがゲーム依存を引き起こすかどうかを検証することは不可能です。子どもに長時間、ゲームをしてもらうという実験をすると、心身に深刻な影響が生じてしまう可能性がないとは言えないからです。
ところが、コロナ禍の休校で、子どものゲームの時間が増加するという状況が自然に生まれました。
つまり、コロナ禍の休校前後のデータを比較することにより、ゲーム時間の増加が与える影響を検証することができるようになったのです。
休校期間が終わってもプレー時間が元に戻らないなら「依存」であり、長時間プレーがゲーム依存を引き起こしたことになります。
そこで、田中教授のチームは休校中の昨年5月11~15日と、休校が終わった後の6月22~28日、8月6~10日の3回にわたり、中高生の保護者4025人に子どものプレー時間を聞き、検証しました。
ゲーム自体に依存性はない
この調査の結果、週のゲームプレー時間は休校前の10.4時間から、休校中は17.9時間に大幅に増加していました。しかし、1カ月後には11.9時間、2カ月後には11.7時間に低下し、ほぼ元に戻っていました。
週に28時間以上プレーする長時間プレーヤーは、休校前には全体の5%だけだったのが休校中は20%に増加していました。この割合も学校が始まるとほぼ元に戻っていました。
二つのデータからは、
ゲーム自体に依存性はない
ことが示唆されます。
調査では子どもの生活の様子や親子のかかわりなどについても尋ね、ゲーム時間との関係を調べました。その結果、プレー時間の長さとの相関が高かったのは、
- 今の学校になじめないようである
- 平日は子どもとほとんど話をしない
という二つの回答でした。
ゲームは自己管理能力を高めるツール
ゲームをめぐっては香川県で子どものゲームの時間を規制する条例が施行され、大きな議論がわき起こりました。
田中教授は、条例でゲームを一律に禁止しても効果はないと考えています。親が「条例で禁止されているから」と子どもに言いやすくなる側面はあるでしょうが、子どもは親自身の方針がないことや自信のなさを見抜くからです。
これからの時代は一律にゲームから引き離すのではなく、デジタルとうまくつき合う方法をトレーニングしていかないといけません。上から押さえつけるのではなく、ルールや計画を子ども自身に作らせ、守らせるように誘導するのがいいでしょう。大切なのは、自分で決めたルールは守るということです。守らなければペナルティーがあってもいい。ゲームは自己管理能力を養うためのツールだと考えるといいのではないでしょうか。
調査した人
田中辰雄(たなか・たつお)先生 慶應義塾大学教授
1957年、東京都生まれ。東京大学大学院経済学研究科単位取得退学。 国際大学グローバルコミュニケーションセンター研究員、コロンビア大学客員研究員を経て、慶応義塾大学経済学部教授。専門は計量経済学。デジタル化が社会や経済に及ぼす影響を研究。
著書に「ネットは社会を分断しない」「ネット炎上の研究」(いずれも共著)など。
参考:2021年7月1日朝日新聞EduA「ゲームで学力は低下する? 大規模調査で『1日1時間以内ならむしろ好成績』」
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