都立高校の教員が男性の育児参加を促す漫画を出版しようと、都教育委員会に「兼業」を申請したところ、理由を示されず不許可にされたとして、都を相手取って取り消しを求める訴えを東京地裁に起こしました。
自身の育児経験をツイッターに投稿したエッセー漫画が人気を集め、出版社から書籍化を打診されていました。
本来先生も副業は可能・・・なはす゛
教員の副業については「教師が副業で処分?!今こそ教師も副業を」に詳しく書いてありますが、本来は教育公務員の副業は認められているのです。
地方公務員法の38条を抜粋すると、
職員は、任命権者の許可を受けなければ、自ら営利企業を営み、又は報酬を得ていかなる事業若しくは事務にも従事してはならない。
地方公務員法
教育公務員特例法17条では、次のようになっています。
教育公務員は、教育に関する他の職を兼ね、又は教育に関する他の事業若しくは事務に従事することが本務の遂行に支障がないと任命権者(県費負担教職員については、市町村の教育委員会)において認める場合には、給与を受け、又は受けないで、その職を兼ね、又はその事業若しくは事務に従事することができる。
教育公務員特例法
地方公務員法とニュアンスが違います。地方公務員方が「許可を得なければ、従事してはならない」なのに対し、教育公務公務員法では、「任命権者が認める場合には、従事することができる」となっています。この条文を素直に読めば、「本業に支障をきたさない限り、副業してもよい」と読み取れるはずです。
もちろん公務員の「信用失墜行為」にも「職務専念義務違反」にも抵触しない、許可を得れば可能な副業は
- 地域貢献活動(消防団や社会性・公共性の高いNPOなど)
- 不動産投資(小規模な場合)
- 執筆活動(信用が損なわれない、職務に支障がないもの)
- 講演(公務に悪影響がないこと)
です。家業の農業や店舗を手伝ったり、公演や執筆を行ったりすることは、昔から普通に行われていました。
なぜ許可されないのか
しかし実際には、副業を許可するかどうかは任命権者(自治体)の判断により、その基準も明確ではありません。
今回副業が不受理になった方は、男性は30代で都立高校の教員。ツイッターやブログで「パパ頭(あたま)」の名で投稿をしています。
3歳の長男「にに」と、1歳の次男「とと」の育児に妻とともに励む日常を描く作品が共感を呼び、フォロワーは現在約8万4千人。1作品に10万以上の「いいね」がついたこともある。 男性によると、漫画は2017年、育児休暇中に描き始めた。復職後も子どもが寝静まった後の1~2時間ほど、趣味として続けている。
2021年5月30日朝日新聞デジタル「育児漫画の出版ダメ 高校教員、兼業不許可巡り都を提訴」
訴状などによると、大手出版社から書籍化の打診を受けたのは昨年3月。男性の育児参加を促すなど自身の経験が役立つと考え、同8月に校長に相談した。
だが、申請書はそのまま返却され、申請そのものがなかったことに。不許可通知も受け取れなかった。
都教委によると、兼業許可は2019年度で約1200件あり、教科書の執筆や講師などが代表的な例とのことです。
それなのに今回は不許可どころか、不受理という門前払いになったのは何故でしょう。
予想される不受理の理由
不受理の理由について、都教委朝日新聞の取材に対しては次のように述べています。
「(申請を担当する都教委の)学校経営支援センターが申請内容に再考を求めるため、校長を通して書類を差し戻した」と説明。再考を求める差し戻しで不許可とした理由については「(不服審査請求の)手続きが十分に進んでいない段階なので、お答えいたしかねる」とした。
2021年5月30日朝日新聞デジタル「育児漫画の出版ダメ 高校教員、兼業不許可巡り都を提訴」
理由を教員に説明したかについては「(センターが)校長に説明したと認識している」とした。提訴については「現時点で訴状が届いていない」と話した。(田中恭太)
「申請内容に再考を求めるため、差し戻した」とのコメントは、再申請を促すかのような言い分ですが、実際には不受理したこととの整合性がありません。
ここからは全くの憶測になるのですが、都教委が不受理としたのは手続き上の問題ではなく、
SNS発信からの副業申請は前例がなかった
マンガの執筆についての申請に前例がなかった
教科指導や学校教育に直接関係のない申請について前例がなかった
の、いずれかでしょう。役所が前例踏襲主義なのはよく知られた話ですが、
- 担当者が前例から判断した
- 今後このような申請が増えることに及び腰になった
- 受理するより不受理の方が無難だと思った。
といったところだと想像できます。
教員は副業した方がいい
freeduでは以前から教員の副業を推奨してきました。
実際、副業によって多くの報酬を得るには大変です。教員の仕事の延長としての執筆活動や講演を除くと、処分のリスクを冒してまで取り組むことではないでしょうし、教師を辞めて別の事業に就いたり興したりするのはリスクが大きいです。
freedu「教師が副業で処分?!今こそ教師も副業を」
しかし、近年の深刻な教員不足から、殆どの自治体で教員採用試験の年齢制限を撤廃しています。そして転職して教師になる人材を求める自治体も増えています。
しかし、これだけ「教員の仕事が大変」と言われている中、現在の職を辞めて教員になろうという人材がどれだけいるのでしょうか。
また、「教師は学校しか知らないので世間知らず、社会のことを知らない」ともよく言われています。民間企業に一定期間派遣される制度もありますが、その制度が適用される教員はごく一部です。
・民間企業や法人で働いている人が副業として教員をする
・教育公務員が副業として民間企業に従事する
ことは、
・多様な経験や価値観をもつ人が教育現場に入ることにより、活性化する
・教員が社会の仕組みや価値観を知る
・教員不足を解消する
ことに繋がります。
今回の報道をきっかけに、同様の考えの人の発信も目立つようになった来ました。
教育研究家の妹尾昌俊さんもそのうちの1人です。
さて、わたしは、教師の副業はもっと広く認めていってもいい、むしろ推奨してもいいくらいだと考えています。おもな理由は2点あります。
2021年6月1日 Yahoo!ニュース「教師の副業・兼業の影響、是非について考える <育児漫画の出版が不許可になって係争>」
第一に、学校以外の経験が本業にも活きることが多々あるからです。
第二に、採用上も関係してくると思います。本事案は都教委がどう判断したか詳細が不明なので、ぜひ丁寧にご本人にも社会にも説明してほしいと思いますが、ともすれば、東京都の教員採用試験を受けようかどうか迷っている人たちに、「東京都の教員になると、管理や縛りがキツイぞ」というメッセージを与えています。
多様な働き方が教育現場を自由にする
freeduでは、フリーランス教師という働き方を推奨しています。自由で多様な働き方が、これからの教師像として、学校として必要だと考えているからです。
もちろん、現在実質的に禁止になっている、正規採用(臨任)教員も副業を認めるべきです。
本業に一見関係のないような仕事でも、教師の価値観を深め、社会との接点を増やすからです。
しかしただ許可するだけでは、今より教師の仕事に余裕がなくなってしまいます。
正規職員の副業を実現するためには、常態化している無給の時間外労働が是正されなければいけません。
時間と心の余裕が、多様で自由な働き方には不可欠だからです。