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教員の残業代の支払いを求める裁判 一審敗訴 しかし画期的判決と言われるのはなぜ?

教員の時間外労働に残業代が支払われないのは違法だとして、埼玉県の公立小学校教員、田中まさおさんが県に未払いの賃金約240万円を求めた訴訟の判決が10月1日、さいたま地裁でありました。

原告と県の主張

田中さんは2018年9月に提訴しました。 2019年に定年退職しましたが、その後も再任用で埼玉県内の別の小学校に勤めています。

原告側の主張

17年9月~18年7月の勤務時間外に行った登校時の児童の見守りやテストの採点、草取りなどは「超勤4項目に該当しない通常業務」で労基法上の時間外労働にあたり、労使協定を結ばなかったのは違法。

時間外労働が認められれば、この間の未払い賃金約240万円の支払いを求める。

未払い賃金の支払いが認められない場合でも、「違法な長時間労働を強いられたことによる精神的苦痛を看過してはならない」として、残業代相当額の損害賠償を支払うよう求める。

 県の主張

「校長から給特法に違反する時間外勤務の命令はなく、原告の業務は自発的なもの」なので、時間外勤務には該当しない。

過去の判例は

教員の 時間外労働については、過去何度も裁判があり、原告側はことごとく敗訴してきました。

給特法制定以前

1968年、超過勤務手当の支給を求めるいわゆる「超勤訴訟」が全国一斉に提起されまし。

北海道群馬県千葉県新潟県
長野県静岡県三重県京都府
鳥取県島根県高知県福岡県
宮崎県鹿児島県京都市北九州市

 その判決には、「教員に超過勤務の観念を認めることはその労働の性質と相容れないものではなく、超過勤務に対しては、超過勤務手当を支給すべき」というものもありました。
 このことを契機に、文部大臣と人事院総裁との会談が行われ、「教員の勤務の実態を明確にする必要がある」ことが確認され、趣旨の確認が行われ、1966年度に教職員の勤務状況の実態調査が行われました。
 この調査をもとに「みなし残業代」として、給与月額の4%を「教職調整額」として支給するという公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(給特法)」が定められました。

給特法制定以後

 給特法制定により、文部省は「超勤問題の解決が図られ、教職員の給与体系の抜本的解決の第一歩になった」とし、この問題は解決したとしています。
 しかし、2000年頃からまた教職員の時間外勤務と給与の未払いについての裁判が起こるようになります。

地域請求判決内容
1999愛知県
大府市
精神的苦痛1審2審棄却各時間外勤務は、原告の自発的、自主的意志に基づいて遂行されたものと推認するのが相当。
2002北海道残業代未払い1審2審棄却給特法、給特条例の規定は極めて合理的なもの
教職調整額が超勤手当不支給の代償措置であり、超勤しても超勤手当の支給を受けられない。
2004京都安全配慮義務違反1審2審原告の訴えを認める
最高裁で棄却
(高裁)配慮を欠くと評価せざるを得ないような常態化した時間外勤務が存在していた。予見できていたことが窺われるにもかかわらず、改善等の措置を特に講じていない点において、適切さを欠いた。
(最高裁)強制によらず各自が自主的に従事していた。具体的な健康被害はその兆候が生じていた事実が認定されておらず、各校長が健康状態の変化を認識し予見することは困難。
2004埼玉県川口市残業代未払い1審2審棄却時間外勤務をせざるを得ない状況にあったことが認められるが、原告の意思・判断に任されていて、給特法が想定する自主的、自発的労働の範疇に属すると言わざるをえない。
部活動の指導は、時間を減らしたり他の担当者に変わってもらうことも十分可能であった。
トウマコの教育ブログ「過去の教員の残業代未払い訴訟・安全配慮義務違反訴訟の判例を分かりやすく整理した」


 1966年の調査では、教職員の残業時間の平均は週1時間48分で、当時の超過勤務の算定基準に合わせ、給与の4%とを教職調整額としてのです。
 給特法の制定当時としては4%の教員調整額は根拠があり、妥当だと言えるのですが、ここ20年間で裁判がまた起こるようになったのは、1966年当時と現在では、教職員の労働環境も拘束時間も全く変わってしまったからです。

2016年(平成28年)の調査では

文部科学省調査連合総研調査
週平均労働時間(小学校)57時間25分
週平均労働時間(中学校)63時間18分
過労死ライン(小学校)3割55.1%
過労死ライン(中学校)6割79.8%

と、1966年調査と著しく違う実態が見えてきます。

今回の裁判は何が違うのか?

過去の判例は、給特法を根拠に

という内容から抜け出ていません。同じ内容で裁判を起こしても、過去の判例から棄却されるのは目に見えています。
では、今回の裁判は、過去の裁判と何が違うのでしょうか?

これまでの裁判は、労働基準法37条違反に対するものでした。

埼玉大学教育学部の高橋哲准教授によると、これまで教員が起こしてきた残業代未払い訴訟は「労働基準法37条に基づき、法定労働時間を超えて働いたときや休日労働、深夜労働をしたときに手当を支給してください」と主張するものだった。

2021年10月1日 Yahoo!ニュース「公立小教員の残業代訴訟、請求棄却 「明日からの希望見えない」原告の男性、控訴の方針」

しかし今回の裁判は、労働基準法32条違反を求めたことが今までと違ったのです。


今回の裁判では、労基法37条に基づく超勤手当が支給されるかの前に、まずは超勤4項目以外の業務が労基法32条に基づく労働時間に該当するのか、該当する場合は労基法32条違反に該当し対価を払う必要がある、などと主張していた。

2021年10月1日 Yahoo!ニュース「公立小教員の残業代訴訟、請求棄却 「明日からの希望見えない」原告の男性、控訴の方針」

田中氏は裁判の過程で、労働時間の限度(1日8時間、1週間40時間)を定めた「労働基準法32条」違反による国家賠償請求(請求額は同額)を、予備的請求(優先順位が上の請求が認められない場合に備えてあらかじめ主張しておく請求)として加えた。これが過去の類似裁判と一線を画す「仕掛け」となる部分だ。

2021年5月25日 DIAMOND online「公立小学校教師vs埼玉県の「未払い残業代」訴訟が、過去の敗訴案件と一線を画す理由」

 このことにより、この裁判が過去の裁判と違い、

教員の残業が労働基準法上の時間外労働にあたるかが争われた初めての裁判

2021年10月1日 朝日新聞「教員の残業代支払いめぐる訴訟、原告の請求退ける さいたま地裁」

となったのです。

一審は敗訴 しかし・・・

石垣陽介裁判長は

原告には、労基法37条に基づく時間外労働割増賃金請求権がなく、また、本件校長の職務命令に国賠法上の違法性が認められないから、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないといわなければならない。

しかしその上で、

原告の勤務実態を見ると、給特法はもはや教育現場の実情に適合していないのではないかとの思いを抱かざるを得ない。原告が本件訴訟を通じて、この問題を社会に提議したことは意義があるものと考える。わが現場の教育職員の意見に真摯(しんし)に耳を傾け、勤務時間の管理システムの整備や給特法を含めた給与体系の見直しなどを早急に進め、教育現場の勤務環境の改善が図られることを切に望む。

と苦言を呈し、給特法見直しの必要性にも言及しました。

給特法の改訂に一歩近づく?

今回裁判では原告側の訴えは求められませんでしたが、これまで残業代が出ない根拠としていた給特法に対して司法が「見直し」を求めたことはこれまでにないことです。
 2021年4月の給特別法改正は、「変形労働時間制」を認めるなど、運用によっては逆に教員の長時間労働の固定化につながる恐れがあり、抜本的な解決とは言えないものでした。
 この判決をもとに、給特法の抜本的見直しや、教職員の時間外労働の常態化、残業代についての議論が深まることを期待します。


 

残業代未支給の根拠となっている「給特法」とは?

 労基法では、使用者は「1日8時間、週40時間」(法定労働時間)を超えて労働させてはならないことになっています。時間外労働をさせる場合には、労使間で時間外労働に関する協定を結んだうえで割増賃金を支払うことを義務づけています。

 しかし、公立学校の教員には1971年制定の公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(給特法)」があり、残業代を支払わない代わりに月給4%分の「教職調整額」を一律で支給することにしています。そして、長時間労働を防ぐため、「超勤4項目」と呼ばれる

を除いて、原則時間外労働をさせてはいけないとしています。
しかしその結果、逆に4項目以外は「自発的な活動」だとみなされて、時間外労働として認められてこなかったのです。 
この制度の下では労働時間の管理が甘くなりやすいため過大な業務の見直しが進まず、「長時間労働の温床」「定額働かせ放題」とも指摘されてきました。

資料

文部科学省「昭和46年給特法制定の背景及び制定までの経緯について」
文部科学省「教職調整額の経緯等について」

参考

2021年5月25日 DIAMOND online「公立小学校教師vs埼玉県の「未払い残業代」訴訟が、過去の敗訴案件と一線を画す理由」

2021年10月1日 朝日新聞「教員の残業代支払いめぐる訴訟、原告の請求退ける さいたま地裁」

2021年10月1日 Yahoo!ニュース「公立小教員の残業代訴訟、請求棄却 「明日からの希望見えない」原告の男性、控訴の方針」

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判決の「まとめ」の全文は以下の通りです

 以上のとおり、原告には、労基法37条に基づく時間外労働の割増賃金請求権がなく、また、本件校長の職務命令に国賠法上の違法性が認められないから、その余の点を判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないといわなければならない。

 なお、本件事案の性質に鑑みて、付言するに、本件訴訟で顕(あらわ)れた原告の勤務実態のほか、証拠として提出された各種調査の結果や文献等を見ると、現在のわが国における教育現場の実情としては、多くの教育職員が、学校長の職務命令などから一定の時間外勤務に従事せざるを得ない状況にあり、給料月額4パーセントの割合による教職調整額の支給を定めた給特法は、もはや教育現場の実情に適合していないのではないかとの思いを抱かざるを得ず、原告が本件訴訟を通じて、この問題を社会に提議したことは意義があるものと考える。わが国の将来を担う児童生徒の教育を今一層充実したものとするためにも、現場の教育職員の意見に真摯(しんし)に耳を傾け、働き方改革による教育職員の業務の削減を行い、勤務実態に即した適正給与の支給のために、勤務時間の管理システムの整備や給特法を含めた給与体系の見直しなどを早急に進め、教育現場の勤務環境の改善が図られることを切に望むものである。

2021年10月1日 朝日新聞「教員給与に裁判長が異例の苦言「もはや実情に適合しないのでは」」
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